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渡辺淳一氏のご冥福をお祈りいたします

2014.05.07院長日記

GWも終わり、今日から通常営業です。

皆様はどんな休日を過ごされましたか?

最近、ものを見るとき近い所にピントを合わせるのに少し違和感を感じていたので眼鏡の調整にいきました。

初期の老眼。

お肌も、ひざ腰も眼もエイジングを実感しやすいですね。

 

渡辺淳一氏 死去

「42歳ながら眼は44歳ですよ。」とのショッキングなコメントをもらい、近点の調整のチェックで見え具合のチェックのために差し出された、その日の道新を見た時思わず声が出てしまいました。

「ええっ!渡辺淳一氏 死去!?」

朝からバタバタしていてニュースは全く知りませんでした。

近点を調整した眼鏡越しに見た、初めてのエイジングチェックでの、この知らせ。

偶然にも、母の誕生日と同じ4月30日。

渡辺淳一氏は、「失楽園」や「鈍感力」など最近になっての作品の方が知名度が高い人物でした。

ですが私は、彼が作家としての初期~中期(まだ、医師・医療関係のテーマが多かった頃)の作品をよく読んでいました。

 

渡辺淳一 自叙伝モチーフの「白夜」

まさか、自分が札幌に住むことになろうとは、全く想像すらしていなかった19歳の頃。

高校卒業後に最初に入った大学は前期のみ出席したものの、秋以降は ほとんどキャンパスには顔も出さなくなっていました。

ぶらぶらして書店で偶然見つけたのが、渡辺淳一自叙伝モチーフの「白夜」。
北大に在籍したまま、札幌医大を受け直した。という経緯がテーマの作品です。

最初の大学を休学の後、医学校を再受験したという内容が、私の境遇に似通っており大きく影響を受けました。

実際に医学校へ入学してみると、再受験で入学するパターンや社会人での入学も珍しくなかったのですが、国立大学からの再受験は制度的に、面倒なことも多くいろいろ戸惑ったものです。

受験参考書を片手にバイトを掛け持ちしながら、風呂なしアパートでポツリ下宿に一人暮らした当時、心細さを支えてくれたのが「白夜」でした。

 

その後 いくつもの変遷を経て札幌に暮らし始めた春、中島公園そばの渡辺淳一記念館に足を運びました。

縁の品を眼にした時には言い知れぬ感動があったのを思い出しました。

ご冥福をお祈りします。